<![CDATA[MEGUMI TOYOKAWA - DIARY]]>Wed, 08 Jul 2020 17:02:02 +0900Weebly<![CDATA[道草歩きー@ Online]]>Tue, 07 Jul 2020 14:49:05 GMThttp://megumitoyokawa.com/diary/-online色々なことがオンラインで出来るようになっていて何か面白いことはないか、とネットサーフしてた時に偶然見つけた「大人の工場見学」に参加してみました。
過去イベントを遡ってみると、採石場見学とか通常でもなかなか体験出来そうもない場所を見学できそうだったのです。
地方のイベントは時期によっては日程の調整がつかず、泣く泣く諦めたところも多々ありました。
今回も前後の時間で予定が入っていたので、それもキャンセルすることなく参加出来たのです。
今回は「和紙・障子紙篇」という事で、日本一の障子紙生産地・山梨県市川三郷町にある老舗障子紙メーカー”金長特殊製紙株式会社”を訪ねるというものでした。
こちらの会社ではホームセンターなどで売られている障子紙のほかに、「糸落水」という糸と和紙を組み合わせた新しい紙素材を開発されていて、障子のないライフスタイルにも取り入れやすい新しい形の「障子」をコンセプトに制作されています。


まず、パワーポイントで会社の歴史に始まり、障子紙の特徴、特殊紙「糸落水」の解説とお話し下さったのですが、色々と知らなかったことをさらさらと説明されていくので、突っ込んで聞きたい部分や疑問に思った場所がふつふつで湧いてきます。

良かった点が、ナビゲイターの方が質問をチョコチョコしてくださったことでした。
見学者はミュートにしていますが、チャット欄に入力していけばナビゲイターの方が直接聞いてくださるし、質問が質問を呼んでお互いに気が付くことがあったり、リアルの見学と違わないところもある、と思いました。
もしかしたら、リアルの場合終わらないと質問出来なかったりしたら質問の新鮮さも半減していたかもしれません。
次に実際の工場の見学でも、工場自体はお休みの日だったので部分的に機械を動かしながら、工程をみました。
しかもスマホでの映像だったので普段見れないような機械の内部や構造の部分を見せたもらえました。
多分普段危なくって覗かせてくれない。

へー!と画面に目が釘付けでした。
実際に行ったら機械の大きさや紙の迫力、工程の面白さを体感できるのかもしれませんが、普段もしかしたら見れなかった部分を見れているのかもしれない、と感じました。

質問に合わせて時に別撮りの映像を見せてくれたり、町の他の産業都のつながりを他のサイトから見れるようにURLを送ってくれたり、盛り沢山でした。

「素材」としての生産なので、その後のアレンジの可能性が非常に多岐に渡るのでさらに探っているという事でしたが、実際にお土産としてオブジェを作れるようなセットが送られてきて俄然興味がわきました。
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完成したらこうなるようですが、まだ組み立てない...

​なんか出来そう。

興味が終わらない工場見学はリアルでもオンラインでも大差ないかもしれません。
また合ったら参加したいイベントでした。
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<![CDATA[空きスペースはありますか?]]>Fri, 03 Jul 2020 15:00:00 GMThttp://megumitoyokawa.com/diary/5459630
今年も半年が過ぎて、いよいよ折り返しが始まります。

ここ数か月の習慣として、毎日朝晩手帳を見ながら仕事や行動の予約や振り返りをしています。

また1日を考えた時、どういうルーティンで過ごすのが自分に合っているのか、タスクを移動させながらベストを探しておりました。

割と動き易いな、というルーティンが出来てきたのが6月最初の方。
なのに6月後半になるにつれ、少しずつ生活が乱れてきました。
原因はコロナの自粛明けで通常営業に戻ったためでした。

落ち着いた、と思っていた時は”生活→仕事”という順番で頭が動いたのに、徐々に”仕事→生活”という頭の動きになっていました。
仕事中心が悪いわけではありません。
頭の中が仕事の事で占められて他の事を考える余裕がなくなってしまうのがまずい。

そこから色々俯瞰しながら見てみると、部屋が何だかゴチャっとしてきた事や自分のケアで忘れていたとこ。
意識してあれこれやんなきゃ、と思うと睡眠時間が減って疲れが取れなかったり、という悪循環に陥っていたことにも気が付きました。

他にも影響がなかったか、メンターと話しながら洗い出すと、ブログが書けていないのもその一つではないかと判明。

考えを文章に起こす、という隙間が頭の中にないから書く時間を取っても仕事へ気が急いてしまって集中して書けない。

自分のアイディア元として道草を大事にしているのに、それさえも出来ていないことに気づかされました。

空間にも頭の中にも”空き”がなければ次のものを入れることが出来ない。
場にも頭にも空間がなければその中に在るモノを動かすことが出来ない。


わかっていることなのに、ゆとり=空間がなかったから、気が付くことも出来ませんでした。

確かに、思考で算段を立てて仕事をするのは大事です。
しかし、それは思考の枠を越えることは出来ません。

直感に従って算段をつけずに動くからこそ、自分の思考の枠、リミットを越えることが出来ると思います。

ここから暮れまでの半年でそう動けるように計画を立てて生きたい、と振り返りました。
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<![CDATA[3回観たくなる映画]]>Fri, 03 Jul 2020 00:15:05 GMThttp://megumitoyokawa.com/diary/35688543

​最近休日に外を歩いていて、人の動きが戻りつつあるように感じます。

コロナで自粛中ずっと我慢していた映画館に久々に行ってきました。

目的は現在再上映中のジブリ映画。

今回の再上映のコンセプトは「一生に一度は、映画館でジブリを」という事で全国の映画館で上映されているようです。

映画館でジブリ、これすごく良くわかります。

ジブリ映画がデジタル化されてからは、特に映画館の大画面で見る価値が非常に上がったと思います。

「もののけ姫」辺りから、背景の作りとかが変わったという印象があります。

何が違うかというと、背景の鮮明さ緻密さが兎に角美しい。

ディズニー映画のようなCGとは違う”絵画的なタッチなのに臨場感がある”、雰囲気にとても引き込まれます。

例えるならば、薄暗い鍾乳洞の中に入って進んでいく中で、その中が恐ろしいというよりも、その先に何があるのかの好奇心で進まずにはいられない。

そんな期待感を持ちながら見てしまいます。

しかし映画はストーリーがあって映像があるので、一回ですべてを堪能することは出来ません。

なので、一回目にストーリーを楽しみ、二回目で主人公意外のキャラを楽しみ、三回目に背景や見逃していたような場所を観る。

大画面の中、様々な発見や気づく事等があります。

あまりアニメを映画館で見ることは少ないのですが、ジブリの映画を観ていて思うのは、当たり前の動作が気が付かないくらい自然に入っていること。

以前、宮崎駿監督のインタビューで子供の動き(走るときの手の動きや足の運び方)の話をしていて、最近休日に外を歩いていて、人の動きが戻りつつあるように感じます。

コロナで自粛中ずっと我慢していた映画館に久々に行ってきました。

目的は現在再上映中のジブリ映画。

今回の再上映のコンセプトは「一生に一度は、映画館でジブリを」という事で全国の映画館で上映されているようです。

映画館でジブリ、これすごく良くわかります。

ジブリ映画がデジタル化されてからは、特に映画館の大画面で見る価値が非常に上がったと思います。

何が違うかというと、背景の鮮明さ緻密さが兎に角美しい。

ディズニー映画のようなCGとは違う”絵画的なタッチなのに臨場感がある”、雰囲気にとても引き込まれます。

例えるならば、薄暗い鍾乳洞の中に入って進んでいく中で、その中が恐ろしいというよりも、その先に何があるのかの好奇心で進まずにはいられない。

そんな期待感を持ちながら見てしまいます。

しかし映画はストーリーがあって映像があるので、一回ですべてを堪能することは出来ません。

なので、一回目にストーリーを楽しみ、二回目で主人公意外のキャラを楽しみ、三回目に背景や見逃していたような場所を観る。

あまりアニメを映画館で観ることは少ないのですが、ジブリの映画を観ていて思うのは、当たり前の動きや物の存在感が気が付かないくらい自然に入っていること。

以前、宮崎駿監督のインタビューで子供の動き(走るときの手の動きや足の運び方)の話をしていて、モデルとする子供の動きを観察してそれを絵として起こしていると言っていました。

子供に関わらず、人の動作の癖や動物の動き、木々の葉擦れや物の質感。

建物の作りや内装、道具や色使い、と上げれば切りがないくらい当たり前の風景の中にある素敵な物。

そういう物の情報量が沢山詰まっているので、観るところが沢山あって何回観ても満足感で一杯になるのです。

でも純粋に、楽しいから観たいもの。

以前ロンドンにいた時、「All Night Ghibli」というイベントが単館映画館でやっていたので参加しましたが、最前列には着ぐるみを着たやる気な人達が陣取り、夜21時から翌朝6時位まで、ジブリの映画を多分6本位上映していました。

ビックリしたのが、「となりのトトロ」が上映された時。

始まった途端、みんながトトロの歌を歌いだしてビックリ。

トトロの歌の部分は英語訳されてなかった(はず)ので、普通の歌詞は歌ってなかったけれど、サビの部分だけは元気に大合唱。

心に響くものに、文化の違いとかないのかもしれないな、と感じた時でした。
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<![CDATA[「想い」を込めるリング]]>Sat, 27 Jun 2020 14:06:08 GMThttp://megumitoyokawa.com/diary/1583120今年に入ってからの最大のテーマになっている、リングと「想い」の関係性。
制作する件数が多くなることで、色々なことがクリアになって言語化出来るようになりました。

そしてなかなかお披露目出来ていなかった、バースカラーを取り入れたピンキーリングプロジェクト。

インストラクターをしている吉田真由美さんのブログでは色々公開されていたのに、本体を作っている私が公開出来ていないという不手際をしておりました。

中間発表になりますが、形の詳細です。

【形の違い】
左側のリング
丸い輪(円)を繋いで作ったボディは、円=縁。
「ご縁が続くように」という”想い”で作りました。

面白いことに、コンセプトを伝えずに形を見た方からのコメントが、
・メヴィウスの輪に似ている
・∞(無限大)のようにも見える
といわれたことでした。

どちらの意味も「永遠」や「限りがない」というもの。
「続けたい何か」がある人に良さそうなデザインの用です。

右側のリング
大小のリングが連なったチェーンのリング。
「様々な繋がりがあるように」という”想い”で作りました。

立体感とボリュームがあるので、存在感が出るリングです。

【天然石の種類】
真由美さん監修のもと、12色を出来る限り揃えました。
ただ、いつも必ずある、とは限りません。
品薄になったり欠品になることもあるかと思います。

出来るだけ、納得頂ける色味をお探ししていますので、ご了承ください。

今のところ、こんな感じです。
気になる方は、リングのサイズをご確認しつつ、もう少々お待ちください。

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<![CDATA[「想い」を磨いて形にする]]>Sat, 27 Jun 2020 11:46:07 GMThttp://megumitoyokawa.com/diary/june-27th-2020最近までずっとオーダーリングやセミオーダーリングを作っていて、色々と気づきがありました。
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パートナーシップリングー歯車のイメージで、1つのパーツがもう1つのパーツを動かす。「お互いに作用しあう」という事

​オーダーリングを作る時ヒアリングから始めるのですが、お客様によっては「こういうのが欲しい」、とデザインから指定される方もいますが、ほとんどの方が形より想いを話してくださいます。


どんな想いでリングを作るのか、考えやこだわりが鮮明であればあるほど、特徴のあるデザインになっていきます。

始めはふんわりとした”想い”が、色々な方向からお聞きすることで、大事なことの優先順位だったり考え方がクリアになってキラキラと輝く一つの”想い”になっていきます。

その原石である”想い”を大事に磨いて形に整える、それが自分にとって一番大事にしたい部分であることがわかりました。

​まだ趣味程度にアクセサリーを作っていたころ、友達のために作る場合にその人の事をイメージしながら制作していました。


もしかしたら押しつけになるかな?、重たいかな?と、「想いを形にして渡す」ことに躊躇していた時がありました。

でも仕事として私の「想い」を込めたリングを作るようになってきて、その「想い」は必要な人には届くのかもしれない、と思うようになりました。

不特定多数の方に作るピンキーリングにも、”祝福”や”幸”が訪れるように「想い」を込めながら作ります。
小指の意味として結果に繋がった方もいらっしゃると思いますが、「想い」を受け取る事でも繋がるんじゃないか。

リングを買ってくださったお客様のお話をお聞きすると、そう思えてきます。

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最初に作ったピンキーリング達。ここからシリーズがスタートしました。

今つめているセミオーダーのピンキーリングは特定のお客様に対して作るようになるので、「想い」の行き先は明確になります。

ただお洒落な、可愛いモノを作るのも楽しい作業です。
でもそういうモノはどこででも手に入れられるモノかもしれません。

それよりももっと、お客様のプラスになる「想い」を形にしていきたい。
量産的なモノよりも、もう少しお客様に近づいたセミオーダー位だと「想い」をお伝えしやすいかもしれない。

実際どのような形でセミーオーダーを受け付けるのか、システム面が全く決まってないですが、やりたい方向が決まったのであとはやってみるだけ。
やっとすっきり動けそうです。​
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<![CDATA[○○を叶えるリング]]>Sat, 20 Jun 2020 14:54:39 GMThttp://megumitoyokawa.com/diary/4683686今までほとんどシルバーなどの金属でのみジュエリーを制作していましたが、今年に入って心惹かれる石に出会い、少しづつ納得のいく形に仕立てられるようになった気がします。
石の特徴を生かせるデザインがようやっとまとまってきた、感じでしょうか。

そういう訳で、シルバーと石という新たな試みがふつふつと湧きだしております。
Stay homeでアイディアを話合う時間が出来たおかげで進んだプロジェクトは、バースカラーという、「自分だけの選ばれた6色」を取り入れたリングの制作です。

バースカラーインストラクターをしている吉田真由美さん企画の元、リングの形や石の色を検討しながら進めております。

バースカラーを診断してもらっても、意識して常に使うというのは、なかなか難しい所。
うっかり忘れちゃったり、意外と身近になかったり。
それじゃあ、毎日の生活の中で自然と使えるアクセサリーに出来たらどうだろう?

そんな話から真由美さんとリングが良いのでは、という話になりました。


しかもピンキーリング!
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偶然私は自分のカラーのピンキーリングを付けていたのです
以前”指にはそれぞれ意味がある”という記事を書きましたが、小指には「自分の想いや力を高める」という意味があると言われています。

​特に、右の小指は自分の魅力を上げたりチャンスを招くのに良いされ、左の小指は願いを叶えるためや身を守ってくれる、というような効果があると言われています。

また、「幸せは右の小指から入って左の小指から出ていく」と昔から言われている事からも、右小指からチャンスを取り入れて、左小指から出ていかないように予め、リングで蓋をしてしまうと良い、と教えてもらったことがあります。

目的に応じたパーソナルカラーをピンキーリングとして左右の小指の意味を考慮しながら着けると、その色の持つ特性がさらに効果的に作用するのではないか。

最近の一番考えることです。


またリングの良い点は、常に目につくアイテムであるということ。
ピンキーリングは普段使う指でなく、むしろ人の目から隠れてしまう小指だから、自分の目的のために使う指、として、うってつけです。

だからデザインも、馴染みやすいO Ringに石をあしらったもの、とチェーンをアレンジしたちょっと特徴を持たせた2種類のボディから選んでいただくようにしました。

そして、通常リングはシルバーの経年変化を楽しんでいただく為に、あまりコーティングを施さないのですが、石とのコンビネーションも考えて18Kゴールドコーティングとロジウムコーティングをすることにしました。

石の種類は11種類。
よくある誕生石やパワーストーンのように石の意味、というよりも、色味を重視して石を選んでおります。

ただ、石との出会いも一期一会。

同じボックスから選んでも、世界に一つの石だから、少しづつの違いがあります。

またそれも、出会いとして楽しんでいただけたら、と思っています。

あなただけのラッキーアイテムとなりますように。

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<![CDATA[目で見たモノの先に創造するもの]]>Sat, 06 Jun 2020 23:29:19 GMThttp://megumitoyokawa.com/diary/june-07th-2020昨日受けた「ハレアートの体験会」本当に思いつくまま描いていたので、あとでよくよく見ると、よくこんなデザイン出てきたな、と思う部分もありました。

自分の中に蓄積された情報の中からランダムに出てきたのかもしれませんが、それだけ色々な情報を毎日の生活の中からピックアップしているのかもしれません。

特に気を惹かれるのは、一期一会、偶然に出会ったものだったりします。

万華鏡の中を覗いたときに見た色のバランスだったり、木漏れ日の中に混じった面白い形の影だったり。
瞬間であるからこそのインパクトなのかもしれませんが、そういう情報が後々何かの切っ掛けになったりするのです。
モノをデザインするとき、出来るだけ先入観を持たないように心がけています。

「これはこうあるべき」と考えると、創造の幅が狭まってしまうので、出来るだけニュートラルな気持でおこなえるように。

また素材の持っている特徴が最大限生きるように、デザイン出来るように、と考えます。

シルバーは基本素材ですが、ハンマーで叩いていくとバネ性が出たり熱伝導が良かったり、10金も叩くことでバネ性が出たり。

ただ形作る以外の特徴を生かすと、可能性が生まれるのです。

最近では石屋さんで一目惚れした石の魅力が生きるように、パーツを作っています。

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2種の白色のバランスが美しいアゲート

​もしかしたら、ジュエリーと呼ぶにはシンプルなデザインかもしれませんが、石の涼し気な色味やカットの形を楽しんでもらいたい。
そういう目的が最近石を扱うモチベーションになっています。
デザインすることは、0から創造するばかりではなく、スターティングポイントというモノが存在します。
私のデザインの中では、雪の結晶であったり蝶であったり。
その素材を目の前に置いたときに、どう展開させていくか。
まるで料理のような感じですが、レシピが存在しないものは同じ感覚かもしれません。

先週素敵な石を購入したので、制作するのが楽しみです。

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<![CDATA[神聖幾何学ハレアート体験会]]>Sat, 06 Jun 2020 12:17:24 GMThttp://megumitoyokawa.com/diary/june-06th-2020以前からブログの書き方講座でご一緒した神聖幾何学アートのインストラクターをしているしんたかよさんの体験講座を受けてみました。

インストラクターをしていると聞いていたのですが、幾何学模様はわかるけど、神聖幾何学とは何だろう、と思ってました。


意味としては、古代から幾何学模様が宗教的に神聖な場所のデザインや建造物を構造するために使われていた事から、そのような図形を「神聖幾何学」と呼ぶようです。

幾何学構造とは、非常に身近な自然界に存在する構造に見ることが出来ます。
ロマネスコの形やひまわりの中央の種の部分、花を上から見た形に。

以前大学のエッセイで、「美の基準は何だろう」というエッセイを書くために、調べたことがありました。

美しさの一般的な基準とされる黄金比の図形からも、基準の形が連続することにより、バランスの取れた構造(美しさ)を見ることが出来ると言われています。
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黄金比の図形

​そう言うことから、「美しさ」の要素の一つとしてバランスが重要だ、と定義したのです。

そういうこともあってか、形のバランスが取れた構造をよくデザインに使います。
自然の中にある形はそれだけで美しさを感じるので、シンスピレーション元となります。

わかりやすいのが「Snowflake series」。
雪の結晶を元に、構造を分解してパーツとし、再構築することで新たな形と機能を加えました。

分子構造や細胞の構造一つとっても、基本の形は本当にシンプル。
その形が次々と連なり巨大化していくことで、複雑な形になっていきます。

サンプル模型として構造を作ることはよくやっているのですが、「ハレアート」では色を塗ったり手書きの模様を加えたりしていきます。
構造という骨組みから色という表面が加わることで、さらなる展開をしていったので、最後の方は思いつくまま深く考えずに手を動かしていきました。

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考えこまずに思いつくまま描くのが楽しい

いつもと違う視点から形を作ってみたくて参加しましたが、頭を空にして集中して書けたので、意外な形が出てきたり色の組み合わせがあったり。
気分的にはすっきりと、結果的には自分を違った角度から見れたような、面白い体験が出来ました。
続けていくと、その時の状態によって様々な違いが見れるようなので、続けてやってみようかと思いました。

心を落ち着かせて没頭して描く。
鏡のように心に浮かんだ事を描きだすと、万華鏡の中を覗くような感じです。

​詳しいことは、しんたかよさんのブログをどうぞ。
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<![CDATA[充実はどこに?]]>Sun, 31 May 2020 04:15:46 GMThttp://megumitoyokawa.com/diary/may-31st-2020世界中で外出自粛が行われて、日本も遅まきながら自粛の時を過ごしたここ2か月。
圧倒的に自宅で過ごす時間が長くなったと思います。

元から自宅でお仕事をされている方などはそこまで大きく変わらないかもしれませんが、会社で仕事をされる方はほぼ80%位を外で過ごし、家に帰るのは寝るだけ、という方も多いのではないでしょうか。
だから土日は寝るのに徹する。
そういう生活だと随分変化があるかと思います。

そうでなくても外で時間を過ごすのが中心だと、家で時間を過ごすことに物足りなさ
を感じたり。
逆に今までまとまった時間が取れなくて、出来なかったりなかなか進まなかったものができるようになった、という方も多いかと思います。

お世話になっているECサイトのバイヤーにお聞きしたところ、キッチングッズの購買率がが前年度比250%上がったと言われてました。


今まで「美味しいものは外食で」や「料理する興味がない、時間がない」という方々の意識が変わったのかな、と思いました。

かくいう私も「料理にかける時間がないから、美味しいものは外食で」系だったのですが、アトリエでの仕事の時間帯を見直して、家で過ごす時間を増やし、自炊を充実させるようになりました。
もともと、英国にいたときは皆でワンディッシュ持ち寄ってお食事会をしたり、教会に行って礼拝の後におやつの時間や食事の時間があったり誕生日やイベントごとのパーティーをしたり。

仕事の時間は100%仕事、自分の時間は100%楽しむ事に使う。

そういう時間の使い方が当たり前だったので、日本ではなかなかそういう時間の使い方が出来ていなかった、と最近振り返ります。
なぜかというと、生きるために仕事をしていた、というよりも、仕事のために生きていた割合が大きいから。

色々雑多なことまで仕事として詰め、ウィークデイはほぼ家に寝に帰るような感じ。
ウィークエンドも終わってないものがあったら仕事の続きをしにアトリエにいったり。
仕事以外の事に時間を使っていたら、なんとなく罪悪感を感じたり。
そういう思い込みを日本に帰ってから持っていました。

だからなかなか学びのための講座を受けたり、積極的にしていませんでした。

ところがこのような状況になったら、講座の方から機会を作ってくれる状態になりました。
あちらこちらでオンラインで開催されるようになり、他にも様々な分野で講座が開催されています。
時間と距離の常識を一気に超えた感じです。

「常識は何かを切っ掛けに突然変わる」

天災などで個人の常識が突然変わることはあるけれど、社会全体的に変わると影響が凄まじいとほとんどの人が感じているかと思います。
そういうことからも、今までの生活を振り返り、これからどう生きるか、もっと視野を広げて考えようと思います。

何かあってから考えるのではなく、柔軟に対応出来るような余裕をもって、もっとワークもライフも楽しく充実させたい。
気を付けたいのはすぐ「詰める」方向で充実としてしまうので、「差し引く」方向で充実させていきたい。

常にゆとりのある心持ち。
これからの在りたい姿です。

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<![CDATA[在りたい自分を考える]]>Mon, 25 May 2020 05:10:39 GMThttp://megumitoyokawa.com/diary/2421377ずいぶん空間が開いてしまいました。
ここ何週間の気温の変化にしてやられて、体調を崩してしまったり、Stay homeで体のメンテナンスを怠っていたら思っていたよりも反動がきて、商売道具の手に影響が出たり。

変わらない体調を保つには、ベストな状態の生活サイクルを維持する必要があり、それを見つけるには日々の観測が大事だということがわかった数週間でした。

わかってはいるけれど、なかなか続けられない習慣化の壁は”習慣化のコンサル”宗像陽子さんに指導していただき、体メンテナンスは理学療法士の在津幸子さんに教えていただきました。
どちらもzoomでの指導ですが、すごいわかります。
どちらにも共通したのが、「自分の声を聴いているか」ということ。
習慣化は自分の心の声を。
体は体の声を。

そこに目を向けることで、すぐに予防にまわれます。
マイナスになっている状態を0に戻すための地道な作業が、結局近道というところですね。
詳しくは次回に。
Stay home、そこまで大変ではないのですが、やはり恋しくなったのが映画館。
ウェッブの映画館で観たことがないものを観ることも考えましたが、自分の内情が不調な時こそ、自分が影響を受けた映画で原点回帰することをしました。
「バベットの晩餐会」というデンマークが舞台の映画で日本では1987年に初上映されました。
劇場では観ておらず、衛星放送で放送された時に観たのですが、凄く印象強くてDVDに保存してその後も何回か観ました。

どちらかというと地味な印象の映画なのですが、主人公の女性料理人バベットの仕事の姿勢に、自分が在りたい姿勢を見つけたからです。

ざっくりあらすじを説明すると、19世紀後半、動乱のパリで家族を亡くした女性料理人バベットが、デンマークの小さな漁村にすむ信仰深い質素倹約の生活を送る姉妹の元に逃げ延びてきてメイドとして働くようになりました。彼女は元シェフとしてのスキルを活かして姉妹を支えます。
ある日バベットの宝くじが当たったので、姉妹や周りに住む仲間の信仰者達に、それまでの感謝として姉妹の父である牧師の記念日に料理をごちそうしたい、と申し出ます。
その料理のにより人々の心が変化していく・・・という話です。
私が惹かれたバベットの姿勢は、有名なレストランのシェフだった肩書ではなく、0からのスタートでも色々な人にプラスの還元をしていくところ。
言い換えると、シェフであった自身の力の誇示ではなく、ただ真摯にベストなものを提供しようとしていく姿勢とそこから周りに伝わっている幸福感に、出し惜しみをしないgiveというモノがあると感じました。


パリの有名レストランで提供していた同じコース料理を、デンマークの小さな漁村で提供した時、パリでまさにそのコース料理を味わったことのある人が「その時の料理を思い出す」と言います。
ということは、場所や状況が変わっても常に同じだけの熱量で向き合っている、ということが分かります。

また質素倹約の生活を続ける姉妹や村の人々にとって、食欲も抑えるべき欲の一つ。

最初はその美味しさを受け入れることに抵抗していた人々も、料理やワインを口にするごとに湧く心の機微が抑えきれずに表情に現れます。
そして頑なになっていた心が徐々に解され、人間的なギスギスとした感情をも解して円満な状態にしていきました。

その人々の変化していく感情や抑えきれない喜び、そしてそれを作り出していくバベットとの関係にモノを作り提供する側として、自分もこう在りたい、と感じました。

料理に限らず、手にしている様々な能力を、日々出し惜しみなく使えたら、自身にも周りにも良い影響を作れるのではないか、と考えます。
ただそこに、人間的な感情がぐちゃぐちゃと入ってしまうと、ややこしいことになってしまいます。

Give側もTake側もニュートラルな姿勢で向かい会えたら同じような良い循環を作り出せるのかもしれません。
まずは日々ニュートラルな状態でベストを尽くせるよう、自分を整えていき、在りたい自分に近づけるようにしていけたら、と思います。
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